蕎麦の起源長野県から

 

やはり、長野県の蕎麦は味も何もかも、すべて特別です。

「信濃では 月と仏と おらが蕎麦」と中村某氏の句でも有名な更科蕎麦をはじめ、地域ごとにいろいろな食べ方や蕎麦の種類があるだけでなく、全国各地の蕎麦の起源の多くが長野県でした。やはり、長野県の蕎麦は味も何もかも、すべて特別です。
「信濃では 月と仏と おらが蕎麦」と中村某氏の句でも有名な更科蕎麦をはじめ、地域ごとにいろいろな食べ方や蕎麦の種類があるだけでなく、全国各地の蕎麦の起源の多くが長野県でした。

蕎麦の歴史蕎麦の歴史

全国各地で目にする「信州蕎麦」「更科蕎麦」「戸隠蕎麦」などの様に、長野県の地名が多くの蕎麦に含まれてますが、その起源は中山道 本山宿 の蕎麦切りが全国に広まったと、1706年(宝永3年 江戸時代中期)に発刊された森川許六の俳文集「風俗文選」に伝えらていたそうです。

それまでは、蕎麦がきやそば餅のように捏ねて食べられていて、現在の麺状に切って食べるようになった「蕎麦切り」は1600年代にはじまったのではとされてます。

* 本山宿 現在の塩尻市と木曽の中間にある宿場町。

一面真っ白になる蕎麦畑

長野県は、蕎麦の収穫量が全国でもトップクラスで開花の時期には、蕎麦の花で一面が真っ白なる程です。
蕎麦の収穫時期は、7〜8月頃に収穫する「夏そば」と10〜11月に収穫する「秋そば」があります。

秋そばは、収穫前の9月頃になると寒暖差が大きくなるのでしっかりと熟成され、芳醇で風味豊かな蕎麦になるのが特徴です。
夏そばは、秋そばに比べると少し風味が弱いですが、力強さを感じるような味わいが特徴です。

収穫後1ヶ月位は、収穫したばりの蕎麦が新蕎麦として出されて、一段と美味しいです。

全国に広まった長野県の蕎麦全国に広まった長野県の蕎麦

お蕎麦屋さんの店頭で「信州蕎麦」「更科蕎麦」「戸隠蕎麦」など長野県の地名が含まれるお蕎麦の看板をよく目にしますが、長野県から全国各地に広まったお蕎麦が多くありました。

 

更科蕎麦

店名も使われることが多い「更科」は、蕎麦の産地だった更級郡(現在の長野市周辺)に由来したり、蕎麦を挽き出した一番粉の「さらしな」などに由来していることが多いそうです。
蕎麦殻を外し、丁寧に中心まで精製して挽き出す蕎麦粉は「更科粉」とも呼ばれ白くすっきりとした喉越しが特徴で、江戸時代に創業した名店「更科」がこの製粉の技法を開発したとも言われてます。

戸隠そば

昔は修験者の携帯食だった蕎麦ですが、江戸時代になって「顕光寺」に蕎麦切りが伝わって麺状の蕎麦が戸隠講などで訪れた参拝者の食事などで振るまわれ、それが全国に広まったとい言われてます。

また、戸隠そばは「ぼっち盛り」という独特な盛り方がされます。

1口分位の量の蕎麦が、ザルに5〜6束並べられて出されます。

これは、おもてなしの心できちんと揃った見栄えの良い蕎麦をおもてなしの料理として振るまったり神様にお供えるする意味合いや、戸隠神社の神様が5柱(九頭龍神、天手力雄命、天八意思兼命、天表春命、天鈿女命)にあやかって5つとも言われてます。

昔は修験者の携帯食だった蕎麦ですが、江戸時代になって「顕光寺」に蕎麦切りが伝わって麺状の蕎麦が戸隠講などで訪れた参拝者の食事などで振るまわれ、それが全国に広まったとい言われてます。

また、戸隠そばは「ぼっち盛り」という独特な盛り方がされます。
1口分位の量の蕎麦が、ザルに5〜6束並べられて出されます。

これは、おもてなしの心できちんと揃った見栄えの良い蕎麦をおもてなしの料理として振るまったり神様にお供えるする意味合いや、戸隠神社の神様が5柱(九頭龍神、天手力雄命、天八意思兼命、天表春命、天鈿女命)にあやかって5つとも言われてます。

高遠そば

会津名物の「高遠蕎麦」は、桜で有名な高遠町が発祥と言われてます。
高遠藩主「保科正之」が移封(国替)で会津に移る際、将軍家に蕎麦を献上するために蕎麦打ち職人を一緒に連れて行き、高遠で食べられていた寒ざらし蕎麦や、薬味として辛味大根や焼き味噌などを入れる食べる風習が広まったそうです。
高遠では、「蕎麦が打てないと嫁に行けない」と言われるほど蕎麦が日々の食事として定着していたようです。

その他、上田藩主 仙石 政明が丹波出石藩に移る際に伝えた「出石蕎麦」、松本藩主 松平 直政が出雲国松江藩に移る際に伝えた「出雲蕎麦」なども有名です。

霧下そば

霧下(きりした)は地名ではないですが、広く広まって有名なお蕎麦に「霧下蕎麦」があります。
これは、標高600m前後の高原や高地など霧が発生しやすい場所が「霧下地帯」と呼ばれ、その地域で育てられた蕎麦が「霧下蕎麦」と呼ばれるようになって広まったものです。

霧下地帯は、朝霧の湿度や寒暖差、土壌などが蕎麦の生育に良い場所が多く、戸隠や木曽なども霧下地帯です。

地域色豊かな長野のそば事情

長野県内でも、地域ごとにいろいろなお蕎麦の食べ方があります。
地産食材を薬味やツユにしたり、郷土料理を入れたりなど、多彩な食べ方がありますので巡ったり食べ比べたりしてはいかがでしょう。

投汁そば

松本市奈川地区を中心に木曽にかけて食べられている投汁そば(とうじそば)。
の野菜や鶏肉やジビエ肉などを入れて煮込んだお鍋に、竹で編んだ小さな「投汁籠(とうじかご)」に蕎麦を入れて少し茹でて一緒に食べるお蕎麦です。
秋にはキノコなども入れてとても美味しいです。

おしぼりそば

更埴エリアの郷土料理「おしぼりそば」。

坂城町の名産品「ねずみ大根」や、千曲市で育てられている辛味大根を使って、めんつゆの代わりに大根をすりおろして作った「おしぼり汁」につけて食べるお蕎麦です。
独特の辛さがクセになる味で、うどんをつけて食べたりもします。

富倉そば

蕎麦を打つとき、つなぎに「オヤマボクチ」という山ごぼうをの繊維を使って打ったお蕎麦が富倉そば(とみくらそば)です。
飯山市の富倉地域で食べられていることから「富倉そば」と呼ばれているそうです。

とてもコシが強く喉ごしが良く美味しいそうですがが、交通が不便で食べられるお店も限られているので「幻のそば」とも呼ばれていて、私もまだ食べたことがないです。

まとめ

長野県のグルメと言えば、まず思い浮かぶのが信州蕎麦ではないでしょうか。

長野県内には、180店以上もの蕎麦店があるそうで、長野市内だけでも50件以上もあるそうです。

長野県内の各地域でいろいろな食べ方がされているほか、日本各地の有名なお蕎麦も、起源を見てみると長野県が起源だったりします。

蕎麦切りが全国に広まって、麺状のお蕎麦を食べるようになる前から食べられていた「蕎麦がき」は、子供のおやつやデザートになったり、サラダに蕎麦が入っていたり、蕎麦粉を使ったスイーツやお菓子も多く、長野県の食文化に蕎麦はとても馴染んでいます。

いろいろなお蕎麦をぜひ食べ比べてみて、いろいろな楽しみ方や味を発見してみてください。

ぽこりん

ぽこりん

20代の頃から長野県が大好きで、拠点も移して生活してます。 もっと多くの人に、長野県の魅力や素晴らしさを知ってもらいたく、また自分の思い出などの整理もかねてこのブログとnoteを始めました。 若い頃には、アウトドアを中心に楽しんでましたが、歳を重ねるにつれ草花や星空の美しさを楽しんだり、歴史や文化に触れる楽しみも少し増えてきました。 備忘録も兼ねて、街中や里山で見かけた草花の事を書いたり、大好きな長野、上田・別所、佐久などの観光地を中心に、長野県内の観光地や地元の人しか知らないような観光スポットやお店、長野県の不思議な風習や文化などを書いていく予定です。 観光マップなどには載っていない観光地や楽しみ方、その歴史背景なども紹介して行きます。 かなり、個人の趣味や嗜好に偏ったブログになるかと思いますが、旅行の参考になれば嬉しいです。

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